知床を滑る - 後編 -
- namara-trip2016
- 2021年6月27日
- 読了時間: 4分
更新日:2021年6月28日

アイヌ語の「シリ・エトク(大地の行きづまり)」に由来する知床(しれとこ)に足を踏み入れた我々は、北海道の北東に突き出た知床半島の最奥に鎮座する知床岳に残る雪を求めて歩みを進めた。
DAY3

前日の斜里岳を滑り終え、民宿で提供された大量の夕食に舌打ち、充実した日焼けあとと共に早々に爆睡し、まだ夜が明ける前に移動を始めた。
空が少しずつ明るくなり後部座席でウトウトしていると、スタート地点となる相泊港に到着した。

海から板を担いで山を目指す経験はなかなかできない。文字どおり"SEA TO SUMMIT"に少し興奮する。出発前に皆が手を差し伸べて今日の山旅を祈願した。

根室海峡はすでに制覇したの図。

最初の核心部にあたる渡渉は、水量が多いとウエイダーが必要だと事前に聞いていた。この日は足元に流れるほどだったため安全に渡ることができた。

藪を越え、尾根を突き進んでいると景色が次第に開けてきた。背後には先程まで歩いてきた根室海峡が神々しく輝いていた。

二つめの核心部にあたる急斜面の直登は、シールとスノーシューでは対応できなくなったため、アイゼンとピッケルをフル活用して雪の壁をアセントした。

標高を上げ、知床岳が近づくにつれて根室海峡に浮かぶ流氷とその奥に北方領土の白い峰々が視界に映った。その中でも一皮存在感を放っている爺爺岳(ちゃちゃだけ)はいつか板を履いて滑ってみたい。

頑張れ👍

知床岳を目前に小休止をとる。知床は四方が海に囲まれているため、天候が暫し荒れることが多く、知床岳登山中にこんなに天候が安定しているのは珍しいという石田ガイド。ガスって視界不良だと道に迷うことしか頭に浮かばない。日頃のなんとかと地元ガイドの偉大さに感謝しかない。

標高1,254mの知床岳山頂に到着。もはや我々の視界を遮るものはここにない。

流氷が運んでくる豊富な栄養を有したプランクトンを小魚が食べ、その小魚をクジラやイルカをはじめとする海洋生物が食す、さらに成長したサケやマスはヒグマたちが食すことで生きる糧となっている。最後はクジラもヒグマも死骸となり、再び海の生物の栄養として還る。知床半島の流氷が育む、海と陸の生物多様性がここにある。

一本の大きな川のようにオホーツク海の果てまで延々と連なっていた流氷を見続ける方々。知床エクスペディションをともにした3人は何やら想いを馳せている様子。

知床岳を名残惜しみつつ、ここにきた目的を思い出し、全員が足元に板をはめた。
チーム最年長の兄貴の滑りはまるでicon(EBIS films)の映像でも観ているような圧巻の滑りだった。

リーダーは安心安全の滑りで知床の大斜面を噛み締めていた。

トウからヒールへの切り返しを繰り返し、難しい雪質を華麗に強く滑り落ちていく。

ここまで頑張ったご褒美👍

滑ることが楽しいと周りに伝わってくる滑走感。足元とられる難しいコンディションもなんのその、爽快に斜面に沿って駆け抜けていった。

テールガイドはテレマークスキーヤー。ゲレンデには一度しか行ったことがないとか。テレマークターンは一瞬しか見せない懐の深さ。

普段から白馬村に数ある大斜面で舌が肥えているメンバーたちだったが、知床岳の大斜面には満足いった模様。

相泊まで無事下山した我々は、SEA TO SUMMITを完遂した。この近くに北の国からの本当のロケ地があったとか。

羅臼は海沿いに湧く温泉が豊富で、手掘りすれば足湯ぐらいはできるかも?
ガイドとは相泊港で解散して、温泉で疲れを癒したのち、民宿へ戻った我々は大量の夕食と酒に身も心も委ねて、最後の晩餐を終えた。
DAY4

4日目は生憎の雨模様により、仲間のキズの治療を終えたあとは、女満別空港へ向けて静かにスピード違反しないようにアクセルを踏み込んだ。
首都圏へ戻ると、数日の間に季節が進み、いつもの道沿いに桜が咲いていた。
僕たちの大冒険は終わった。
知床の旅を終えて

「Awesome!!」
よく海外の方が使う言葉ですが、この旅に関しては「控えめに言って最高」という言葉が飛び交うほど、人生の中で記憶に残るパーフェクトなシーンとなった。
悠久の大自然と生物多様性が残る知床の大地が、きっと我々も生物の一つとして受け入れてくれたに違いない。
私は道東で生まれ育ったが、近くて遠い知床を知らなかったことが今回の旅で一つ一つに感動できた要因なのかもしれない。
また来よう。


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